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IDEAL WORLD (ANTLER)
Naho Ishii / 2017
紙にコラージュ,インクphoto collage and ink on paper

 

 

私は人間というものの現象…、具体的には文明や文化などをテーマにして作品を制作しています。最近は “人間の発展と密接な生物” について考えた結果、鹿の存在について考えはじめ、雄鹿の角をモチーフとした作品を制作しました。

鹿がどんな風に人間と関わってきたか、ちょっと説明してみます。

 


 

縄文時代の人々の主な狩猟対象は「鹿」と「イノシシ」でした。
遺跡から出土する鹿グッズは多岐にわたり、鹿の細長い骨や堅い角を加工して作った銛(もり)や釣り針、ヘアピン、装身具など、様々な道具の材料として利用されていたのがわかるそうです。

縄文時代からはイノシシを模した土器が多く出土していますが、それとは対照的に、鹿を模した土器は今までひとつも見つかっていないそうです。
つまり縄文時代において重要な狩猟対象であった鹿とイノシシのうち、イノシシは縄文人の精神世界や観念上における尊重すべき動物とされていましたが、鹿は単なる食料、もしくは道具の材料という超実用的な存在だったのでしょう。

 

ところがそんな「単なる食料品」だった鹿も、
日本人の農耕民族化に伴い、神獣としての地位を獲得してゆくようになります。

 

弥生時代以降、本格的な稲作農耕の開始に伴なって、食料品としての鹿の重要度は低下したと考えられています。その一方で、この頃から鹿を「神獣」として扱う傾向が芽生えてきました。
農耕民族化した日本人にとって、1年ごとに生え替わる角をもつ鹿に、稲作を彷彿とさせるロマンを感じたのでしょうか。鹿モチーフが全く出土しなかった縄文時代とは反対に、鹿は銅鐸のモチーフとして登場するようになります。

日本の神話や伝承では、豊作を願って神獣である鹿を生贄に捧げるような儀式が描かれています。古事記や日本書紀に記述がある占い「太占(ふとまに)」は、鹿の肩甲骨を焼き、その亀裂の形や大きさで吉凶を判断していました(イザナギとイザナミが国土生成の際に使った占いです)。

狩猟民族時代、生活必需品としての鹿から、
農耕民族時代には神聖なるケモノとしての鹿に変化していった。
なるほど面白いなあと納得します。

 

 

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人間と鹿の密接な関係については、
日本のみならず世界中で散見できるようです。

古く日本人は「か」の一音でシカを表していました。
鹿児島(かごしま)や、鹿の子(かのこ)などの語句にその名残がありますね。後に「か(シカのこと)」や「ゐ(イノシシのこと)」といった一音での表現は廃れてゆき、「しし」を添えて「かのしし」「ゐのしし」と呼ぶようになったそうです。

「しし」とは、古くから日本語で肉を意味する語句でした。
この語句には「肉になる(食肉の対象となる)ケモノ」という広い意味がありますが、主にシカのことを表していたそうです。鹿威し(ししおどし)、鹿踊り(ししおどり)など、「しし」と読んでシカを指す言葉はまだ残っています。

“ケモノ”と“シカ”を同一の言葉で表現する現象は、不思議と他の言語でも見られるようです。たとえば英語: deer に連なる古英語: dēor は、もともと“ケモノ”の意味でした。サンスクリットでも同様の現象があるそうです。

人類にとって鹿というのは、狩りやすく、食べやすく、加工しやすい、最も身近な動物なのでしょう。

 

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IDEAL WORLD (ANTLER)
Naho Ishii / 2017
紙にコラージュ,インクphoto collage and ink on paper


原画片方(Original / One side) … ¥250,000-
原画両方(Original / Both) … ¥400,000-
リトグラフ(Digital lithography) … ¥8,000- 

 

私にとって雄鹿の角というのは男性的なphallusのイメージで、
男性的な角の下に四角い建築が連なり下がって文明を形成しているようなデザインを意図しました。私は意図について解説することをあまり好みませんが、きっとおわかりいただけると思います。

 

山の神獣に想いを馳せながら。

 

 

 

石井七歩

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